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大阪高等裁判所 昭和28年(う)991号 判決

本件控訴の理由は末尾添付の検事提出の控訴趣意書の通りである。

原判決が証拠に基き所論第一項摘記の(一)ないし(七)の事実を認定し、これらの事実を綜合勘案して、「この様な情況においては、本件出火当時田中方にい合せた者のうち誰かが多額の債務返済の金員の調達に窮し、保険金を得るため天井板を外して南隣の浅田方の天井裏に白燈油又は軽油若干と新聞紙を用いて、それに点火して放火を企てたものであるとの疑は濃厚であるといわなければならない」と説示し、本件放火犯人は当時田中鶴太郎方にい合せた者のうちの誰かであることを示しているところは、当裁判所も本件記録にあらわれた各証拠を検討した上正当な判定であると認め之を支持する。ところで当時田中方は鶴太郎がその家、既製服製造卸商を営み、被告人は阿倍野区共立通の肩書自宅から同家に通い、その手伝をなし、時々同家に宿泊していたものであるが、本件出火当時同家にい合せた者は被告人と長男鶴太郎(当時二二年)次男久雄(当時一六年)母スミ(当時七六年)長女園子(当時一八年)雇人中達司郎(当時二〇年)の六名で、被告人は同家二階表四畳半の間に、長男と次男は二階奥四畳半の間に、母スミ以下は階下に就寝していたことは疑もない事実であつて、右六名のうち、久雄、スミ、園子、司郎については、本件放火の疑をはさむ余地のないことは証拠の上からみて所論の通り首肯されるけれども、鶴太郎についてまで同人は疑をかけるべき人物でないとの所論は賛成し難い。この理由は後に説明する。

してみると、本件放火犯人は被告人か、鶴太郎か、それとも又右両名の共同犯行か、三者のうちその一を出ないのであるが、検察官はこれを直接、間接何れの証拠によるとを問わず、立証しなければならないのであつて、その程度は通常人であれば誰でも疑をさしはさまない程度に犯人であるとの確信を得させるものであれば足りるのであるが、少くとも共謀の事実を認められない本件において、被告人の有罪を支持するためには、鶴太郎が犯人であり得るという推理が許される余地のないまでに証明されなければならない。言いかえると、証拠の上からみて、鶴太郎が犯人であるかもしれないという合理的仮説を容れる余地があつてはならないのである。

所論は原判決が「被告人は本件出火当時田中方二階の表四畳半の間において、南枕で就寝していたところ、田中鶴太郎によつて、目を覚まされて、火災のことを知らされたが、鶴太郎と久雄が一階に降りて行つたあと右二階の間の南側押入の襖の開いているところから、本件出火による薄明りが押入の天井板の隙間と節穴から洩れているのに気付いたので慌てて一階に降りて台所附近より水の入つた洗桶を二階に持つて昇り出火の個所に向つて注水したことが窺われる」と被告人の主張をそのまま肯認することにより、被告人が放火を企てたと認めるに足る十分な証拠がないからとて無罪の言渡をしたのであると理解し、原判決が前叙の如き被告人の所為をそのまま真実のものとして肯定することから、被告人を犯人だとする十分な証拠がないとして無罪の言渡をしたものと考えざるを得ないのであつて、原判決はこの最後の点において甚しい誤謬を犯していると主張するのであるが、所論は原判決の趣旨をとりちがえているものと考える。原判決は証拠を検討して前叙のような出火発見後の被告人の行動が窺われるに止まり、それ以前の被告人が白燈油若干と新聞紙とを用いて放火を企てたと論断するに足りる十分な証明がないと説示しているのであつて、所論のように被告人の行動を肯定することから、直ちに被告人を犯人と認定し得ないと断定しているものではない。言いかえると、被告人の出火後の前叙の行動と放火とは両立し得ないとまで言及していないのである。出火後真実放火犯人でなければこそ、被告人の弁解するような行動を執るものもあれば或は又真実犯人でありながら、自己の犯行を否定する偽装行為として、他人に起されて漸く目を覚ました様に装い、更にその後始めて何等かの方法によつて出火を発見した様に装い、消火に努めることは犯人の常套手段としてあり得ない事ではないから、原判決がかような単純な事実を肯定することのみにより、被告人を犯人でないと認めたものとは考えられないのである。それゆえに所論が各関係人の供述を詳細に引用して、本件出火直後の被告人の行動に関する供述弁解の真偽を検討しているところは、その真偽何れにせよそれほど重大な意義をもつものではないと考える。しかも、それらの供述は出火発見直後各関係人が周章狼狽の間極く短時間内における記憶であるから、必ずしも正確を期し難く、各関係人の間に互に相反する供述もあれば、現実の行動においても、その程度にもよるけれども、多少常識に反する点のあることは免れないところで、これを考慮に入れて被告人の言動を見れば、所論のように経験則に反すると極言すべきほどの個所は見当らないし、被告人を犯人であると裏付けるに足るほどの情況証拠も発見されない。

そこで所論が最後に情況証拠として主張する論点について考察することになるのであるが、

(一) 本件火災発生当時出火点近くで本件放火の媒介物である新聞紙をマッチで燃やしたのは被告人であるとの点

しかし、所論のように本件放火の媒介物である新聞紙にマッチを以て点火したものは被告人であるという証拠はない。かような事実が証明されればそれだけで犯人を断定し得るわけである。被告人は事後に漏電か否かを調べるために押入上段の棚の東側にあつた新聞紙の端をちぎり、ローソク代りにそれを丸めて点火したと弁解しているだけであつて、その燃え屑が放火の媒介物であつた新聞紙の燃え屑と共に所論鑑定の資料に供されたか否かは不明に属する。

(二) 被告人の自宅台所の揚板の下から白燈油入りの「細雪」なる商標の貼付された焼酎瓶が発見押収された点

所論白燈油入りの焼酎瓶が昭和二十六年五月二十九日被告人の自宅で発見押収されたことは証拠上明白であるがこの油と本件放火の結びつきを推測せしめるに足る証拠が明らかにされていない。被告人の公判廷において弁解するところによると、「昭和二十六年三月頃停電があり、ランプの油が残り少いので、次の停電に備え三月十日前後に阿倍野斎場を下つたところで、買求め台所の物入れの隅の方に入れておいた」という。被告人の検事に対する昭和二十六年六月五日附供述調書によると次の様な問答が見える。「問、貴方は出火数日前にベンジン油を購入してきたことはないか、答、全然左様なものは購入した事はありません、問、阿倍野の家へベンジンとか揮発油等を持つて行つた事がありますか、答、阿倍野の家へは三、四月頃に石油を焼酎瓶かビール瓶に約九分目位買つて持つて帰り台所の上り板の下が瓶入れになつておりますので、そこへ入れておいた事がありますが、家族の者は全然その事は知らないと思います、問、貴方は、阿倍野の家の台所から揮発油か何かそういう系統のはいつた瓶が今度の件に関し押収された事を知つているか、答、全然存じません」と。ところが所論は被告人の供述は措信し難いという。その理由として、当時同所にあつた他の瓶に比し埃が僅かしか附着していなかつた事実を挙げるけれども、埃の少なかつたのはこの瓶に限らないし、埃の多い他の瓶の蔵置時期をきわめ、彼此比較して、この瓶の最終使用時期を判定するに足る資料はない。又、この瓶の石油は被告人が買求め、蔵置しその後使用しないというのであるから、被告人方の家人がこれを知らないからとて、所論のように被告人の弁解を信用しない理由とはならぬ。所論は被告人の弁解を信用せず、この瓶の石油こそ、本件放火に使用されたものと推測するもののようであるが、それなれば、何故にこれを発見押取直後少くとも被告人宅及び鶴太郎方附近の石油販売店について購入の有無を捜査しなかつたのであろうか。これを捜査し、放火の日に接近する日時に購入の事実とその当時の停電の有無を確定しておけば最良の情況証拠となり、極め手となつたものと思料される。遺憾というの外はない。

所論はその瓶は当時鶴太郎方階段の前の棚にあり、消火後その処置につき父子の間に問答が交されているといい、鶴太郎の検事に対する供述調書を引用する。しかし、同人の原審第四回公判廷における証言に次のような問答が見える。「問、その時階段の棚に何か置いてなかつたか、答、別に何も見ません、問、その棚に瓶が置いてなかつたか、答、見てないので判りませんが、上田刑事から、妹と中達は瓶の事を知つているのに、私が知らぬ筈はないといつて十日間程取調べられ、知らぬと言うと、それでは承知できないといわれるので、弟より父が焼酎瓶を買つて来たという事をきいたので、階段を降りる時見たと言つたのです、問、検察庁ではその事についてどの様に言つたのか、答、その通りかと言われたので、左様ですと答えたのです、問、瓶のことについて父から何かきいているのか、答、何もきいておりません、問、証人宅ではガソリンかベンジシ油を使つた事があるか、答、揮発油を今の家で使つた記憶はありません、問、ベンジン油を誰かが、買つて来たことはあるか、答、知りません、問、警察では二人のうち、どちらかが責任を取れといわれたのは何を根拠にして言われたのか、答、階段の途中にある棚から出て来たという布切れで始めは言われていたのですが、途中から瓶になりました、問、瓶に関してどういう事が言われたのか、答、中達と園子が知つているのに君が知らぬ筈はないと言われました、問、証人はそこで、瓶を知つていると言つたのか、答左様です、問、何処に置いてあつたと述べたのか、答、階段の途中にある棚の上にあつたと申上げたのです、問、どうして棚の上に置いてあつたと言つたのか、答、中達が見たのは階段の棚だときいたのでそう言つたのです、問、警察で証人は焼酎瓶といつているのはどうしてか、答、弟と中達に揮発油の瓶のことについて話したところ、弟は父が焼酎瓶を買つて来た事があると言つたからです、問、その時弟からきいたのは焼酎瓶の事だけか、答、警察で私は瓶の事を問いつめられていたので、家の者にきいたところ、園子と中達は揮発油の瓶を知つていたが、他の者は知らず、弟も小さい瓶は知らないが、焼酎瓶であれば知つていると言つたので、それにヒントを得て私は供述したのです、問、中達や園子はどの位の瓶を見たと言つていたのか、答、高さ二寸位の小さい瓶を見たといつていたのです、問どの位の焼酎瓶を見たと証人は警察で言つたのか、答、弟が四合位入る焼酎瓶を見たというのでその様にいいました、問、そんな答えで警察は納得したのか、答、その点は判らないが、検察庁へ廻されたのです、問、どうして小さいものだと言わなかつたのか、答、法廷で申し開きをするつもりで見たこともない瓶の事を言つて、その中には揮発油が七分目位あつたと言つたのです、問、それは出鱈目か、答、左様です、問、それから他に述べた事はないのか、答、二、三質問が警察からあつたのですが突張ると検察庁に廻されたのです」と。

次に証人田中久雄の供述では「火事のことで警察で二、三回調べられたその時新聞紙に包んだ焼酎瓶を見せて貰つたことはない、私の家で新聞紙に包んだ瓶を見たことはあるがそれは火事から一週間か十日程前の事で中身は知らぬが店の三段目の棚の西隅にあつた、その瓶は父が夕方頃持つて来ておいたもので、高さ一尺位の大きさのものであつた、その瓶はその後見ず、ビール瓶か酒酎か詳しく覚えないが、警察では焼酎瓶にしておくと言われた、父は店で晩酌をする時酒や焼酎を飲み、私も一回位買つて来たことがある、父は火事の二、三日前から兄の家に泊つていて晩酌をしていたが、火事のあつた夜も晩酌をしていたかどうか判らぬ」とあり、証人服部ハル(被告人内縁の妻)の証言によると「十五日の朝主人が帰つて来て自転車を玄関の中へ入れたが、荷物台には何も積んでいなかつたし、服のポケットにも何も入れていない様で、緒方という人に用事があると言つて帰つて来て座敷に上つて上着もぬがないので、私は流し元へ行つたが主人は三十分間程居た、私は台所で炊事をしていたが主人は何も持たずに出て行つた、その時別に変つた点もなかつた」と述べている。当裁判所はこれらの供述を対照してみて鶴太郎の公判廷における弁解を真実と考え所論引用の同人の検事に対する供述は措信しない。してみると、所論白燈油は昭和二十六年三月頃から被告人の自宅にランプ用として存在していたものであるから、それを放火の日に接近する日時に持出した事実が明らかにされない以上は情況証拠として重要な価値あるものではない。

(三) 本件出火前田中方階下商品棚や前記二階押入の上段にベンジンの瓶がおいてあり、出火直後同家階段の棚にこの瓶が置いてあつたがその時には包装紙が破られており、この瓶について田中方の者は何人もその出所を知らないとの点、

所論ベンジンは本件放火に使用されたものでないことは所論もこれを肯定し、被告人が放火に使用する意図の下に持込んだと推定することが可能であると主張する。しかし、鶴太郎がこの瓶を持込んだ事実を裏付ける証拠がないと同様被告人についても証拠がない。又被告人が持込んだと推定することが可能であると同様鶴太郎についても可能である。疑わるべきは被告人と同程度に鶴太郎である。これを被告人のみに局限する所論は首肯し難い。

(四) 本件出火翌日である五月十六日田中方の前記階段の棚にガソリン様の油の附着した白い布切ふすま紙、包装紙若干が置かれてあつたとの点

この点も(三)と同様同家の主人公鶴太郎を除外して被告人のみがこれに関与したと推定する理由は発見されない。

(五) 被告人が本件燃え穴から真先に顔をみせ、しかもその時の顔色言動等が異常であつたとの点

この点について証人浅田和子同正野哲次の各証言は多少誇張にすぎる嫌あるものと考えられるが、兎に角当時被告人の顔色は真青に見え、悲壮な吃驚した顔付であつたことは諒解されるけれども、真夜出火を発見して驚愕狼狽の際何人も程度の差こそあれ、異様な顔色を示すことは当然であつて異とするに足りない。

(六) 本件の前五月十日被告人が野村方のガス工事に来ていた工事人に火災の場合瓦斯はどうなるかと尋ねたとの点

所論のような発問は少くとも一の情況証拠たるを失わないけれども、場合によつては、ガス工事を傍観しながら、その場の思い付きで特殊な意図がなくとも無雑作に出る日常の会話の一端とも見られることもあるので、特に之を重視し、被告人の嫌疑を決定付け、鶴太郎を除外するほど強いものではない。

(七) 鶴太郎方の火災保険は被告人が契約を申込んだもので、同年四月頃鶴太郎に知らさずして田中方階下机上の書類入れにあつた保険証券を同人の手提鞄に保管していたとの点

本件火災保険契約の存在を知つていることは鶴太郎も同様であつて、被告人に特有の事情ではない。そして証人鶴太郎の証言によると「保険証書は店の机の上の金網に伝票等と一緒に入れてあつたが、その後家の権利証を探し時に父が整理して階下押入れの棚にある私の手提鞄の中に入れてあつた」というのであるから、その整理は別段の意味をもつものではない。

(八) 被告人は公判廷において煙草は全く吸わぬと主張しているに拘らず、鶴太郎は父は少し巻煙草を呑むと証言しているとの点

鶴太郎も煙草を吸うことは同人の証言によつて明らかにされているが、被告人が真実巻煙草を吸うのに拘らずこれを公判廷で否定するからとて、これを情況証拠の一とする見解は理解できない。

(九) 被告人が本件発生前浅田方へ屡々電話を借りに行つて同家の事情に通じていたと推定されるとの点

(一〇) 被告人は田中方二階押入の天井板が、かつて外れる様になつていたのを後に下から釘付けした事を前から知つていたとの点

(一一) 被告人は当時鶴太郎方の金融のため非常に心痛していたとの点

以上三点について浅田家の事情とか天井板の釘付けに通じており又金融に心痛していたことは鶴太郎も同様であつて被告人に限る事情ではない。

以上説明した通り被告人に対し不利な疑惑を起こさせる情況証拠は相当存在するけれども、それは鶴太郎にも通ずる事情が多く本件放火犯人は被告人か、鶴太郎かその二者のうちの誰かであることは認められるけれども、その二者のうちの誰であるかは証拠上確定することができなく、不明に属する。斯様な場合被告人に対し嫌疑が濃厚であるにせよ、合理的仮設が許される余地が存する以上無罪を言渡す外はないのである。

論旨は理由がない。

よつて、刑事訴訟法第三九六条に従い主文の通り判決する。

(裁判長判事 斎藤朔郎 判事 松本圭三 判事 網田覚一)

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